静岡結婚相談コラムblog

私の子育てあと5日・息子の「登校拒否~国体」編

失敗しない結婚相手の選び方をプロウェディングプランナーが仲人する結婚相談所「静岡恋活デートめぐ婚」代表・寺坂めぐみです。本日も、静岡恋活コラムの一読、有難うございます!

さて、息子の入寮日まで【あと5日】。長男誕生から実質子育て(食事や送り迎えの世話等)22年間がもうすぐ終わろうとしている中、

あたしの子供中心の自営業歴20年の奮闘記と、バツ2でシングルマザー歴12年で3度目の結婚をした、あたしの子育ての両立談を、心理カウンセラーと鑑定士の観点から、息子の入寮日まであたしの氣持ちの整理のために書こうと思います。

【まさか自分の息子が登校拒否に?】

きっと世の中のお母さんたちは、まさか自分の子供が登校拒否をおこすなんて思って育てていないですよね?

あたしもその一人でした。次男が登校拒否をおこすまでは。。。

もうすぐ高校生になる15歳の息子は、小2の時に、サッカー少年団に入りながらも、長男(中1)がやり始めたバスケに興味があり、長男の同級生のお誘いで、他校のミニバス(バスケット少年団)へ入団しました。

その当時は、サッカー少年団は学年ごとキャプテンがいて、息子はキャプテンだったため、ミニバスと両立しながら、サッカーの大会は必ず参加を約束に、ミニバスを続けることに。

サッカーは自転車で数分の距離なので、自分で行ける距離ですが、ミニバスは他校だったため、車で30分くらいの距離。さて困った、送り迎えが必要だ。。。

【仕事と子育ての両立のために思い切って家を買ったこと】

やりたいと言い出せば、言うことを聞かない次男のために、そして【突然死】と隣合わせの生活なため、両方やらせるべきか、かなり悩んだし、子供とも話し合った。

突然死についてはこちらをどうぞ!

そうだ、思い切って、サロンを閉店しよう。と、決めた。同時に持ち家を購入し、一階を自宅サロンにし、二階を住居にすれば、ミニバスの送り迎えの時間は仕事を入れず、夜に打ち合わせをしようと。夜遅くなっても、同じ家の中にいれば子供も安心だと。

これまた、超ラッキーで、学区内にちょうど良い広さの建売り新築物件があった。しかも、横に山があるため、一階の日照時間が少ないという理由で、売れ残っており、300万くらい安くなっていた。

ウェディングドレスのレンタル衣装も40着程持っていたあたしには、有り難い物件だ。カラードレスの日焼けが・・・。そう、日焼け対策のコストも減るからね!学区内だから学校も変わらないし。

思い切って、おばさん全開で値切ってみた。今決めてくれたら後400万値引きします!と。一体原価はいくらなんだ(笑)。

「おばさん全開」も、たまには役に立つ!こんな感じでシングルマザーだったけど、思い切ってみた。あたしらしいやり方で、仕事と子育てを両立するための対策だ。

【息子の「やってみたい事はやってみる」という選択】

ある日You Tubeで、甲子園の感動集みたいのを観ながら、感動し号泣していた次男。まさかと思いきや、やっぱり次は野球少年団に入りたいと言い出した。

行動派の次男は、阪神球場に夏の甲子園を実際に観てみたいと言いだし、あたしは車を運転し阪神球場へ。よく行ったわ(笑)

そんなこんなで、サッカーもミニバスもやめて、小3は野球少年団へ入団。試合も出させてもらい、一年やって、それなりにやりきったらしく、退団。

小4になり、やっぱりバスケが楽しいと、ここでバスケ一本に決まった。

【願えば叶うという思考・アメリカへgo!】

身長が高いのが得をしたのか、小4でも大会に出させてもらうことが有り、夢は大きく、将来はNBA選手になりたいと言いだした。調べ物が好きな次男は、アメリカに遠征に行けるクラブチームがあると言い出し、アメリカに連れて行ってもらうために、GYMRATSに所属した。

入団して3ヶ月目にアメリカ行きのチャンスが訪れた。どうしても行きたい次男は、両替以外のことは、全部自分で準備した。飛行機の中で使う首あては百均でそろえたりと。小5の夏、身体は小さいが、大きな冒険と体験をした。

日本に無事に帰ってきたが、様子がおかしい。。。まったくミニバスが楽しくないと言い出した。そこで、小5の秋、新体制でキャプテンを任されたが、辞めることにした。

それから約一年間は、やりたかった釣りにはまった。近所の金魚釣りに明け暮れていた。息子の良い所は、楽しいと思うことは思うままにやって、楽しくないことは、やらないという、もっとも子供らしいスタンスだ。

【登校拒否の理由】

小6の秋頃、中高一環の私学から、特待生の話を学校通して書面で何件かいただいた。息子が行きたいと言う学校に決めた。それが地元の私学の進学校だ。高校は全国大会にも出場しているが、中学は全然というほどレベルは低い。

高校特待で中学からみますという、学校としても、初めての試みだということだった。この頃、あたしは今の主人と再婚しており、家族でよーく話し合った。あたしは息子が決めたことを応援することにしていたが、主人は反対だった。

中学へ入学し三日目、「友達の首を締めたので、すぐに学校へ来てください」と、呼ばれた。よくよく聞いたら、ただジャレていただけで、少し首が赤くなったという程度だった。この日を堺に、期待の特待生から、問題児に転落した。

どうでもいいことで呼ばれることが多くなり、正直うんざりだった。極めつけは「肩パン事件」。怪我をさせたからすぐに学校へ来てくださいと、電話があり、仕事中なので無理ですといえば、自営ですよね?って。。。おい、それ、どういう意味じゃ。。。って(笑)

生活指導の先生が言うには、息子が友達を殴り、怪我をさせたと。。。これは、相手の出方で、犯罪になるかもしれませんと。。。まじか。。。

で、よく聞くと、単なる肩パンをしたら、力が強いから青あざになったという話。正直、どうでもよっって心の底から思った。そこで、うんざりしたので、教頭先生に、優羽の両肩の肩パンアザを見せた。

そう、中1だった息子は、高校の練習にでているので、毎日の挨拶は高校生からは肩パンなのだ。しかも腫れてますよ。これも訴えていいですか?と、教頭に言い返したあたし。そして、優羽の肩パンは、かわいがってくれている先輩たちとの絆の肩パンなのだ。って、言ってやった。

そして、輪をかけたように、県選抜の練習会が会ったことを知らされてなく、あとから聞いたら、飛び級だから参加しなくて良いとの事。いやいや、それは息子にとって意味ないでしょって。こんな感じで、息子は学校に行きたくないと言い出して、休みがちになり、ついには登校拒否になった。でも、あたしは行かなくていいと思った。

【国体の練習は息子にとって節目という名の義理と覚悟】

その後は、公立の学校に転校した。これについても色々あるから次回にしよう。先週3回目の国体候補生の練習会があった。会場は、登校拒否をおこして辞めた学校だ。しかも指導者の中に監督の名前もある。県外の高校に進学するので辞退も可能だ。

行くの?って聞いたら、行くよって返事だった。なぜ聞いたかというと、監督には散々怒られ、やる気を失い、バスケを辞めたくなるほど怒られたからだ。その場から逃げたかった息子の登校拒否の理由の一つでもあるからだ。

練習が終わり、先に車に戻ったあたしに、笑顔で帰ってきた息子。ちょっとスキップしてる感じ(笑)

あたし:どうした?良いことあった?

優羽:監督に自分から挨拶にいって話したよ。

あたし:え?いまさら何を?

優羽:あの頃の自分は未熟で、監督の指導の厳しさがわからず逃げていました。
   でも、今は自分に向き合わないとメンタルもプレイも成長できない事がわかりました。
   僕をほしいと言ってくれた監督に今後顔向けできるように、今日は成長した自分を
   見せたかったです。と、話したよって。

あたし:・・・(驚いて、口ポカン)

優羽:監督が、今日のプレイをみていて、随分と成長したな。全国大会で活躍する姿を楽しみに
   しているよ。って言ってくれた。って。

あたし:・・・(びっくりして、目パチクリ)そのまま車を発進。

息子にとって、国体の練習は、選手に選ばれることではなく、監督に今までの感謝という義理を果たし、高校へ行く覚悟を伝えたかったんだなって思った。ほんとに成長したなって思った。楽しいと思うことは思うままにやって、楽しくないことは、やらないという、もっとも子供らしいスタンスを貫いて良かったのかな?

「お母さん」をやらせてくれたおかげで、あたしも子供に成長させてもらってるなって思った。

明日は卒業式だ。息子の成長をしっかりと見届けようと思う。