静岡恋活デートめぐ婚の【氣になる神社巡り】。今回は、静岡:島田市内の島田大橋付近にある名古社「敬満神社」(きゃうまん じんじゃ:読み)へ。

この敬満神社、第11代垂仁天皇26年が創建とのこと。更には、遠州一宮「小國神社」より格式高い神社という。神氣が高くないわけがないと言うことで、早速参拝へ。

敬満神社島田市に静岡恋活デートめぐ婚

敬満神社のアクセス

▶【住所】:静岡県島田市阪本4054-1

敬満神社場所・島田市

敬満神社は9柱も祀られておりますよ!由緒を紹介

社伝では垂仁天皇26年の創建と伝えられ、文徳天皇実録・日本三代実録に記載があり、延喜式神名帳では「国幣大社」に列し最終の神階は正四位下で、遠江国内では最高位!

遠江国における神階は、従四位上の遠江国一宮「小國神社」を上回る最高位の敬満神社!!

敬満神社由緒

◆主祭神1:敬満神

(きょうまんしん/けいまんしん)

秦の帝室の後裔が先祖崇敬で創建とか

【wikiから引用:本文はこちら
祭神は『日本文徳天皇実録』では「敬満神霊」と見えるが、伴信友が『蕃神考』で主張して以来、その素性を秦氏遠祖の功満王に比定する説が知られる。

敬満神の諸説1:この功満王は、『新撰姓氏録』によると秦の始皇帝三世孫の孝武王の子、かつ融通王(弓月君)の父とされる伝承上の人物で、仲哀天皇8年に渡来したという(ただし『日本三代実録』では出自・渡来時期の異伝を載せる)。

敬満神の諸説2:功満王説では「敬満」が「功満」に比定され、また『続日本後紀』[原 5]に遠江国蓁原郡の人として見える「秦黒成」の存在から、当地一帯に居住した渡来系氏族の秦氏がその氏神を祀ったものと想定。

◆相殿神:
2:少彦名命(すくなひこなのみこと)
3:天照皇大神(あまてらすすめおおみかみ)
4:速須佐之男尊(すさのおのみこと)

◆合祀神:
5:建御名方命(たけみながたのみこと) – 明治7年合祀の諏訪神社祭神。
6:事代主命(ことしろぬしのみこと) – 同じく合祀の諏訪神社祭神。
7:阿遇突知命(かぐつちのみこと) – 同年合祀の愛宕神社祭神。
8:御食都神(みけつかみ) – 同年合祀の三狐神社祭神。

※御食都神(みけつかみ)=宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)のこと。記紀神話に登場する食物神は、天照大神や天皇の食事を司ることから「御饌津神」(みけつかみ)とも呼ばれるが、ウカノミタマには「三狐神」の字が当てられている。これは関西方言では狐を「ケツ(ネ)」と呼んだことから付けられたといわれる

9:高皇産霊神(たかみむすびのかみ) – 同年合祀の天神社祭神。

『古事記』では高御産巣日神(たかみむすびのかみ)、『日本書紀』では高皇産霊尊と書かれる。また、葦原中津国平定・天孫降臨の際には高木神(たかぎのかみ)という名で登場。「産霊(むすひ)」は生産・生成を意味する言葉で、神皇産霊神とともに「創造」を神格化した神。

ということで、各神様の功徳・ご利益は多方面に有り!

歴史的に名を馳せる方々からも崇敬暑くがめちゃくちゃ熱い!

敬満神社拝殿

山内一豊が掛川藩主の際に社領寄進。徳川家による江戸の町を検地、開墾、利根川・荒川工事で活躍した「伊奈忠次」からも社領寄進、江戸幕府も先代からのしきたりに沿って社領寄進せられるなど、皇室を始め武門の崇敬が篤く、 古代榛原郡の中心榛原郷、その主邑たる初倉の鎮護として、この地方の尊崇極めて温厚の神社。

それに因って郷土初倉の 産土神として、明治六年郷社に列せられ、 次で神選幣帛料供進神社に指定。

まだまだ崇敬の厚さは【熱い!】となります。昭和21年1月の由緒上では・・・、

県社たる資格のある旨神祇院から認定され、「例祭日」は郷内の祝日(旗日)として官公衛・学校を始め各戸休業して、敬意を表するのが通例であった!!!

祭日には、諸社の管者としての地方長官の代理官として 郡長、地方事務所長若くは村長が奉幣使となって参向し、また村の名誉職、学校長、職員生徒児童など、多人数が参列して盛大に祭典が執行された!!!

要するに町が市役所はじめ学校も、休んでまで「敬満神社の例祭日」を執り行う崇敬模様!!!

俗っぽく言いますと、功徳やご利益がありあり、益々のご繁栄があるかこそ歴史的にも崇敬されていた保証付きの神社。厄除招福、諸願成就、良縁成就、諸願成就とお礼参りは街全体でやりますよっ!それくらい価値が有ったてことでしょうね。(いいっすねぇ~こういう行い。神社仏閣はそういう場所ですわ、どこでもね。平成から~令和にかけて、そんな町は今あるのか・・・。無さすぎているから、様々に何かしら起こるんでしょうねぇ。)

一言付け加えれば、

パワスポ巡り、おみくじ的に困った時の神頼み!でもキッカケはなんでもあり。ただその先を普段使いではなく「普段遣い」にすると結果的に良い縁となり良い結果を得れる。結果までのプロセス中はそう思えないことも多々あるんですがね。その境目が試されているんですよね。願かけた方々。あと一歩行く人と、あと一歩を辞める人との差が良縁を成就するかしないかのそれです。

敬満神社表参道

敬満神社の表参道(特に早朝、朝早く)を何も考えずに歩く。空の氣を感じてみる。深呼吸する。穢れが払われる神氣が高い場所でしたよ。

島田大橋、島田方面へ行く際はおすすめ度高い神社ですよ!

島田市敬満神社

【余談】
遠江国では式内名神大社は【敬満神社と角避比古神社(つのさくひこじんじゃ)】のみとされていますが、

残念ながら角避比古神社について『特選神名牒』には「角避比古神は津の幸彦の神にして、湖口の開塞を知りて民の幸福を知ります神と云義にて、実は水門の功徳を称へ奉れる御名ならん」と記されながらも「鎮座地不明」として社格が除かれる一抹の寂しさの現在。元は浜名湖口の現在の湖西市側に鎮座していた模様。明応7年(1498年)8月25日の大地震・大津波で流出したとか。

結果的に、旧浜名郡内にこの名前の神社は現存せず、以下の3つの神社が論社とされているとのこと。

・細江神社(浜松市北区細江町気賀996、旧郷社、祭神 建速素盞嗚尊・奇稻田姫尊)
・湊神社(湖西市新居町新居1788、祭神 須佐之男命)
・諏訪神社(湖西市新居町新居1379、旧郷社、祭神 建御名方命・八坂刀賣命)